
大学に入って、何か新しい趣味を持ちたいと思った。
選んだのは、写真サークル。
きっかけは単純で、スマホよりもちゃんとしたカメラで風景を撮ってみたかったから。
サークルは年齢制限がなく、社会人やフリーの人も参加できる。
週末になると、みんなで近場に出かけて撮影会をする。
最初は友達作りの延長のつもりだった。
でも、思ってもみなかった出会いが、そこで待っていた。
彼は40代半ばくらい。
黒ぶちの眼鏡に、落ち着いたシャツ姿。
派手さはないけれど、言葉の端々に余裕を感じさせる人だった。
「構図を変えると、もっと雰囲気出るよ」
初めて話しかけられたとき、私は素直に「ありがとうございます」と答えた。
同じ被写体を見ていても、彼の写真はまるで違った。
光の捉え方、影の使い方。
「こんなふうに見えるんだ」と驚かされることばかりだった。
年齢差があるのに、自然と彼に話しかけてしまう自分がいた。
ある日の撮影会。
川沿いの桜並木を撮っていたとき、ふとレンズ越しに彼を捉えた。
夢中でシャッターを切る姿。
集中するときに少しだけ眉間に寄るシワ。
夕方の逆光に照らされた横顔は、同じサークルの仲間というよりも、
映画のワンシーンのように見えた。
「…何撮ってるの?」
慌ててカメラを下ろすと、彼が笑っていた。
「すごく真剣そうにシャッター切ってたから」
心臓が跳ねたのは、被写体が桜じゃなくて、
彼だったから。
撮影会の帰り道、駅まで二人で歩いた。
「大学生っていいね。未来がたくさんあって」
「でも、不安もいっぱいですよ」
そんな会話が自然に続いた。
「僕もその頃に戻れたらなあ」
彼が笑いながら言う。
父親世代に近いはずなのに、不思議と距離を感じなかった。
むしろ、同年代の男子学生にはない安心感と大人の余裕があった。
「また一緒に撮りに行きましょう」
そう言ったのは私の方だった。
家に帰り、撮った写真を整理していると、
フォルダの中に彼を撮った1枚が混ざっていた。
逆光に浮かぶ横顔。
私が惹かれてしまった瞬間が、そのまま切り取られていた。
指でなぞりながら、思った。
——もし私が同年代の男性に向けた感情と同じように、
彼を意識してしまったら?
——もし次の撮影会で、隣に座ってランチを食べたら?
——もし、もっと近づいたら…。
理性が「ただの妄想」と言い聞かせる。
でも、胸の奥で熱を帯びる気持ちは止まらなかった。
人妻でもなければ、不倫でもない。
けれど、年齢差があるからこその危うい妄想に、
私は今日も静かに囚われている。